和裁技能士のしごと
2020年11月某日。晴天の秋空の下、瑠璃猫のジレストールを手掛けてくれる神奈川和裁専門学院の石川元久先生のもとを訪れました。縫子さんたちが畳の上であぐらをかいたり、正座をしたりをしながら、一針一針、大切に誂えの着物を仕立てていく姿は、とても凛として美しいものでした。着物を仕立てるのに欠かせない、和裁技能士のしごととはどういったものなのか。石川先生にお話しを伺いました。
――洋裁と和裁の違いについて教えてください。
個人的な観点からお話させていただくことになりますが、和の裁縫か、洋の裁縫か、の違いなんですね。洋裁と和裁の一番の違いは、洋裁がパーツパーツでカットして、作り上げていくのに対して、和裁はカッティングしないんです。洋裁の場合はカッティングしたところを全部捨ててしまいますが、和裁の場合は、切らずにつなげていき、ほぐすとまた一枚の反物に戻すことができます。和裁は、その人の体型の身幅に対して、縫い込んであげるということをします。ほどけば、また一枚のペラの反物になるので、毎日着るものは傷んでしまいますが、フォーマルなもの、通過儀礼に使う着物は、末代までつなげることができます。わたし自身もそうなのですが、父から受け継いだ着物を七五三で着て、それをまた子どもへ、孫へと引き継げることが着物の最大の良さですね。
――日光が当たると弱ったりしますけど、そんなに回数を着なければ、劣化はしないものなのでしょうか。
それは、してしまいますね。正絹の原料である蚕が吐きだす繭は、たんぱく質なので。わたし達の業界用語で「老ける」という言い方をしますが、人間と一緒で糸も老けます。背を縫う丈夫な糸でも、時間が経つと切れちゃうんです。なので、5年以上経つと、練習用にしか使えなくなってしまいます。ぶちぶちと切れてしまう。これで背縫いを縫ったら大変です。お見合いの席だったら、とんでもない。ごめんなさいじゃすまなくなってしまいます(笑)
――なのに、どうして、そんな糸を使うのでしょう?
ここが洋服と和服の大きな違いなんですが、着物って、そもそも縫って壊して、縫って壊すものなんです。着物文化の根底には「壊す概念」がある。つくりっぱじゃないんです。
たとえば浴衣にしても「この夏よく着たなぁ」となると、一回ほどいてしまうんです。ほどいて洗って丸巻きにして、反物に戻した状態で、また来年それを縫い直して、自分の誂え品として使うのが本来の着物文化。そもそも洋服とは概念がまったく違います。
――あとジレストールもですが、和裁技術を使うと、縫い目がまったく見えません。これも特徴的ですよね。
そうですね。角の末端、末端をきれいにするというのが和裁の醍醐味です。襟先でも袖の丸みのところでも角々にとても気を遣います。箔や螺鈿、刺繍はもちろん美しいですが、縫いがよくないと、本来の美しさが活きません。和裁で縫うとなると、直線縫いは当たり前で、角々のところがポイントになってきます。
――柄合わせも和裁技能士さんの腕によって、ぜんぜん違うように思えます。
そうですね。私たちが仕立てているのは「誂え品」と申しまして、そのひとそのひとのバスト・ヒップ・ウエストを測定して、「包む」という状態のものを完成させる。それが着物と呼ばれるもの。バストサイズはこのくらいだから狭くしてね。ヒップがはっているから、ここを広くしてね。その強弱をカッティングで切らずに縫って調整して、着物はできあがります。
あとは柄付けですが、手描きの染であっても、白生地を全部縫ってから絵を描くわけではなく、いったん仮縫いをした状態のところに、別注ならばその人のバスト・ヒップ・ウエストにぴったりと合わせて柄付けをします。男並み、女並みという言い方もありますが、女並み寸法、男並み寸法に合わせる。なかでも痩せている人も太っている人もおくみと背縫いは絶対に合わせます。脇はそれほど重要視せず、前と後ろに特に神経をとがらせます。
――前も後ろも目立ちますもんね。
そうですね。脇のあっさりした柄ほど、よく前と後ろの柄合わせをしないとおかしくなりますから。そこは一番、緊張します。ジレストールの仕立ても同様です。
――有能な和裁技能士は、どういったひとのことを言うのでしょうか。
持続できるひとですよね。1級になるには、実務経験が7年以上必要となるのですが、それでも1級だった、じゃだめですよね。1級和裁技能士にどんな仕事がくるかというと多種多様です。オールラウンドにこなせるかどうか。もちろん、ひとによってストライクゾーンは異なります。私はコートが好きとか、私は紬が好きとか、ちりめんが好きとか。でも、本当のプロは、いろいろなものができて、かわいがられるのではないかと。
――1級和裁技能士はどんな技術が優れているのでしょう。
検定委員は、急所急所を見ていきます。例えば、つまの角などプロ好みのところや、出たズレの状態のふき、ふきを留める糸のバランスといったところもです。一見、きちっと違和感なく柄が合っているようにも見えるけど、よく見ると曲がっているよねとか。
――ほかに和裁ならではの特徴はどんなものがありますか?
表から見て縫い目がないというのも大きな特徴です。縫い目を隠すために、私たちの裁縫は布の重なりを作ります。その昔は糸も貴重だったので、この重なりで糸を保護する役割を果たしています。その名残ですね。ヒップのところも割って縫ってないので糸が露出しないでしょう。裏も表も縫い目が見えない。裁縫だけど、糸を保護して、重ねをつくって、糸を切れないようにしています。
角も同じく。例えば、裾の角。ここに丸みがなかったらどうでしょう。角切れしてしまいますよね。なので緩和する意味で丸みを作るんです。袂を持つので、どうしても着ていると削れてきてしまいます。なので、最初は2cmの大きさでカットして、削れてきたら5cmのところでカットし直す。とても合理的なんです。こうして繰り返し修復することで、だんだんと袂が小さくはなりますが、ずっと長く着ることができます。人が着るものなので、長く着ていると同じ場所が壊れる。なので、擦り切れてきたパーツだけを取って、変えられる。それも着物の利点です。日本人のものを大切にする美徳がうかがえますね。